野性の証明とおじいさん

野性の証明 [DVD]25年ぐらい前になるだろうか。生まれて初めて自分の意志で観たいと思い、連れて行ってもらった映画、「野性の証明」。 TSUTAYAでそのビデオの背表紙を見た時、もう一度あの感動を味わってみよう、と思い借りてみた。久しぶりに観終って、この映画のあまりの荒唐無稽さに唖然とした。小学生の私はこの映画の何に感動したのだろう。主役の高倉健がなぜ、小さな町のチンピラのみならず、自衛隊、国家から追われる身になったのか、子供の私には何もわかっていなかった。わかったところで「んなわけあるかい!」とツッコミを入れたくなるような話だ。私は、多分、映画そのものの「スケールのでかさ」にただただ感動していたのだ。実際、スケールのでかさでは、この映画は空前絶後である。あの頃は「野生の証明」のパンフレットを幾日も飽きず眺めていた。そして、しばらくするとこの映画の全キャストとスタッフの名前とプロフィールを覚えてしまっていた。例えば、梅宮辰夫はハルピン市生まれ、とか、監督の佐藤純弥のデビュー作は「陸軍残酷物語」である、とか。この一見無駄な知識は、その後一度だけ役に立ったことがある。大学の2、3年生の頃だったと思うが、ある日、おそろしくヒマだった私は、自宅から程近い海岸に出かけ、スケッチブックを持って絵を描いていた。すると、どこからともなくホームレス然としたおじいさんがヨロヨロとやってきて、私の絵を一瞥した。そしておもむろに私の隣に座り、問わず語りし始めた。自分は、芸大の先生をしている。遠くの島から流れ着いた椰子の実を集めてオブジェにするのでこの海岸に来ている。昔自分は撮影所で映画の脚本書きをしていた。有名脚本家のH女史に惚れられて困ったこともある。でもレッドパージで解雇された、等々。私は、時々下ネタも交えながら話す、そのおじいさんの物語を、ふんふんと聞いていた。ただ暇だったのである。話の途中、「高倉健のデビュー作も書いた」とおじいさんが言ったので、私は、間髪いれず
「『電光空手打ち』ですか!?」
と聞いてみた。すると、おじいさんの顔が一瞬パッと輝き、「よく知ってるねぇ!」と言ったのだ。おじいさんはとても嬉しそうだった。話の大半は虚実入り乱れている感じだったが、高倉健のデビュー作を書いた、というのは本当だったのだろう。私の無駄知識が役に立った瞬間である。その後もおじいさんは、夕日に照らされたからなのか、酩酊しているのか、顔を紅潮しつつ話しつづけた。後半はほとんど下ネタだったが。日も暮れて、そろそろ帰ろうと思い、腰を上げつつ、最後におじいさんの名前を聞いてみた。「コバヤシタイヘイです。」とそのおじいさんは言って、トボトボと帰っていった。後々、本屋で高倉健の本を立ち読みしたら、フィルモグラフィーに確かにその名前があった。